勝手に堺市広報大使

遺跡や神社めぐりが好きで、これまでに訪れた場所の記録や紹介記事を書いています。地元・堺のおすすめスポットも紹介しています。奈良が好きなので奈良によく出没します。

真田幸村公最期の地として知られる『安居神社』を出た後、四天王寺エリア巡りの最後に茶臼山を訪れました。茶臼山は標高26mの低山で、1645年に徳川方と豊臣方に分かれて戦った『大坂冬の陣』、その翌年の『大阪夏の陣』の舞台となった場所です。
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この戦いは『茶臼山の戦い』とも呼ばれているそうです。夏の陣では真田幸村公は豊臣方に属し、茶臼山に陣取っていました。冬の陣では徳川家康の本陣があったようです。

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低山なので2分もあればすぐに山頂まで辿り着きます。山頂には合戦の説明書きや石碑が立てられていました。

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この茶臼山は古墳であるという説もあり、古墳だとすると墳丘長約200mの前方後円墳であると考えられています。被葬者は不明で、1986年に行われた発掘調査では埴輪や葺石が見つからなかったので古墳ではないのではという声もあるようです。

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その後2009年に発掘調査が再び行われた際に、石室のようなものが発見されたようです。茶臼山は古墳なのでしょうか?

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茶臼山にはあべのハルカスが見える場所があります。
この赤い橋は『和気橋』という名前が付けられています。788年に和気清麻呂が上町台地の開削に失敗した跡地がこの『河底池』で、橋の名前もそこから来ているようです。

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橋の上からは通天閣が見えました。この橋は茶臼山と天王寺公園を結んでいます。茶臼山方面から橋を渡った先には天王寺動物園や大阪市立美術館、慶沢園(日本庭園)があります。この日はいずれの施設も新型コロナウイルス感染症の影響で閉鎖されていました。

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大阪市立美術館の前は大阪フリーWi-Fiエリアになっています。ここでしばらく休憩してからてんしばを散歩して帰りました。写真はてんしばから見えるあべのハルカスです。余談ですが、私は大阪市内にいる時いつもあべのハルカスの位置を確認する癖があります。だいたいどこからでも見えるのでついつい探してしまいます。

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四天王寺から天王寺まで歩いてみましたが、こんなに人が少ないのは初めてでした。天王寺はやっぱり人で賑わっていて活気がある方が良いなと感じました。四天王寺エリア散策編はこれにて完結です。お読みくださりありがとうございました(*^^*)

久保神社→四天王寺→一心寺を訪れた後、真田幸村公戦死の地である『安居神社』を訪れました。

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安居神社は別名・安居天満宮と呼ばれていることからも分かりますが、学問の神様として知られる『菅原道真公』と医薬の神様『少彦名神』がご祭神として祀られています。

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901年に菅原道真公が太宰府に左遷された際、この地に立ち寄り休憩をしたそうです。道真公の境遇に同情した村人がおこしを差し上げたところ、村人はお礼に菅原家の紋所である『梅鉢』をもらいました。これが大阪名物『粟おこし』の起源となったようです。安居神社は942年に道真公の霊を祀るために村人たちによって創建されました。

こちらが道真公と少彦名神が祀られている本殿です。

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本殿脇に置かれていた絵馬には学問の神様・天満宮のシンボルである牛とこの地で戦死を遂げた真田幸村公が描かれていました。安居神社は1945年第二次世界大戦時の空襲で焼失してしまいましたが、寄進によって昭和1951年に復興を遂げたそうです。

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天満宮には必ずと言っていいほど牛の置物が置かれている気がします。

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境内には真田幸村公の銅像が設置されています。大阪夏の陣で徳川方に敗れた後に、故郷に帰れず無念の死を遂げた幸村公を偲ぶ銘文も設置されていました。『この銅像お手をお触れください。そしてその徳を授かって頂ければ喜ばしく思います』と書かれてあったのでありがたく触れさせていただきました。

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境内には淡島大神・金山彦大神・金山姫大神・稲荷社などの摂社が祀られていました。

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安居神社をはじめ大阪には真田幸村公の足跡が残された土地がいくつかあります。次回は大阪夏の陣の戦地となった『茶臼山』を訪れた時のお話をさせていただきます。そちらもお読みいただければ幸いです。

安居神社の地図


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久保神社→四天王寺の次に訪れたのが茶臼山古墳周辺にある『一心寺』です。仁王門にはユニークな仁王尊像が設置されていました。


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一心寺は納骨された遺骨で造立された『お骨佛の寺』として知られています。浄土宗の宗祖である『法然上人』によって開かれたお寺で、年中無休のお寺だそうです。山門は午前5時から午後6時まで開かれており、一般参拝も可能です。

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この『開山堂』には法然上人が祀られているそうです。現在の姿は戦後再建されたものみたいです。

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こちらはお骨佛堂と灯明をお供えするお堂の様子です。遠巻きに見学させていただきました。境内には墓地がありお墓参りに来られている方がほとんどのようでした。

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一心寺の向かい側にある『写経堂』では誰でも写経体験ができるそうです。道具の準備はご不要で、午前9時から午後2時まで受付が行われているようです。(体験は午後4時まで)

一心寺ホームページ内のライブカメラでは境内や本堂内の様子がリアルタイムで見学できるようになっています。なかなか参拝に行くのが難しいという方は是非ライブカメラをチェックしてみてください。



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前回の続きで以前四天王寺界隈を訪れた時のお話になります。四天王寺を守護するために造られた7つの神社のうちの一つ・久保神社に参拝した後、四天王寺に向かいました。四天王寺には子供の頃から何度も訪れたことがありますが、東大門から入ったのは初めてでした。

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四天王寺は593年に聖徳太子によって建立された日本仏法最初の官寺です。境内には様々な施設がありますが、今回はそのうちのいくつかをご紹介させていただきます。東大門から入ると小さな池が見えます。この池の中にあるのが亀遊嶋辯天堂で、インドにおいて河の神様とされる『弁財天』が祀られています。技芸上達や福徳円満のご利益があるそうです。

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かつては四天王寺境内は神仏習合で神社などもあったようですが、現在残されているのは亀遊嶋辯天堂のみでした。
亀遊嶋辯天堂付近には不動明王像が祀られていました。ちょうど見上げるような形で岩の上に祀られており、迫力があります。

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こちらが『六時堂(六時礼讃堂)』と呼ばれるお堂です。『薬師如来』と『四天王』が祀られているそうです。昼夜6回にわたり礼讃が行われているようです。その手前の舞台は石舞台と呼ばれています。

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六時堂の手前にある池は『亀の池』という名前の通り、たくさんの亀が日光浴している姿が見られます。私が四天王寺で一番好きな場所です。

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このお堂は七五三でお参りされています。正式な名称は分からないんですが、手前に設置されているのは知恵の輪で、子供をくぐらせると良いとされています。

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四天王寺で有名なのがこの金堂と五重塔です。金堂の中には聖徳太子のご本地仏である『救世観音』が祀られています。五重塔内の礎石心柱には六道利救の願いが込められた『聖徳太子の髪の毛』が収められているそうです。

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こちらの阿弥陀堂は納骨堂です。法然上人の二十五霊場の札所となっています。背後に聳えているのはあべのハルカスです。
この『転法輪』はコロナ禍で触ることができなくなっていましたが、『手のひらで回転させると仏様の教えが車輪のように回転して遠くまで広がる』と言われています。貼り紙に覆われて見えませんが、コロナが無事収束して触れるようになった折には是非訪れて回してみてください。

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最後に正面入口の写真を載せておきます。この付近で定期的に骨董市が開催されていたのですが、しばらく開催されていません。

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こんなに人の少ない四天王寺を訪れたのは初めてでした。休憩所も閉鎖されていて全体的にひっそりとしていました。早く日常が戻ってきますように…。


この後真田幸村ゆかりの地をいくつか訪れましたので、次回ご紹介させていただきます。四天王寺散策編はもうしばらくお付き合いください。

お読みくださりありがとうございました。


神社・お寺巡りランキング

2021年4月、緊急事態宣言が大阪に発令される少し前の晴れた週末に四天王寺界隈を散歩してきました。初めに訪れたのは四天王寺七宮のうちの一つに数えられる『久保神社』。四天王寺七宮は四天王寺というお寺を守るために聖徳太子が創建したと言われる七つの神社のことです。

四天王寺七宮は以下の神社で上之宮神社と小儀神社、土塔神社は明治時代に大江神社に合祀されています。小儀神社跡地には石碑が残されていました。
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大江神社と堀越神社は以前訪れた記録がありますので、よろしければ以下のリンクからお読みください。

大江神社
上之宮神社
小儀神社
久保神社
土塔神社
河堀稲生神社
堀越神社

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こちらが正面の鳥居です。すぐ奥に見えている本殿は、昭和20年3月13日に起きた第二次世界大戦中の空襲によって幣殿・神庫・社務所とともに焼け落ちてしまったそうです。現在の姿は昭和27年に再建されたものです。

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天照皇大神・速素盞男尊・伊邪那岐尊・伊邪那美尊・宇賀御霊神がご祭神として祀られています。もともと天照大御神が旧久保村の産土神だったようです。

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手水舎には龍の彫刻が置かれていました。新型コロナウイルス感染症対策で使用できなくなっています。

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個人的に久保神社の注目ポイントは次に紹介する『願成就宮』です。かつて聖徳太子が深く信仰し、その願いが叶えられたことから名付けられたと言い伝えられています。その後も人々の信仰が絶えず、霊験あらたかな境内摂社として知られているようです。聖徳太子はどんな願いことをしたのでしょうか。

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こちらの『大岩小岩大明神』は岩がご神体です。頭脳の神様が祀られており、学生や頭に持病のある方がお参りすると良いとされています。背後は民家でした。

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こちらが方除神社と白龍神社です。方除神社は転居の際にお参りすると良いそうです。白龍神社は子孫繁栄や商売繁盛にご利益があるとされます。

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お稲荷さんも祀られていました。

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境内には伊勢神宮遥拝所もありました。昨年京都にある日向大神宮に参拝した時にも伊勢神宮遥拝所がありましたが、見返してみると鳥居の形がそっくりでした。伊勢神宮特有のものなのでしょうか。


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久保神社は天照大御神をご祭神とする旧久保村の氏神様でした。境内には聖徳太子が信心し諸願成就を遂げた『願成就宮』も祀られています。四天王寺東大門から徒歩5分程度のところにありますので、是非参拝してみてください。


余談ですが久保神社付近に『関帝廟』という中国様式の廟を見つけました。閉鎖されていましたが、カラフルな中国建築が目を引きました。

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