玉列神社と阿弥陀堂を後にして、国道165号線沿いを長谷寺方面に向かって歩きました。泊瀬朝倉宮がかつてあったとされる場所近辺に鎮座していたのが、今回ご紹介する『白山比咩神社』です。
創建年は分かりませんが、境内に立てられた石灯籠は1600年代のものもあるそうです。
ご祭神は白山比咩と菅原道真公で、白山比咩というのが『菊理媛(きくりひめ)』『伊弉冉』『伊弉諾』の3神を指すようです。
菊理媛は縁結びや縁切りにご利益があることで知られる神様で、全国の白山(比咩)神社に祀られていることで知られています。
境内には泊瀬朝倉宮伝承地と書かれた看板が立てられていました。泊瀬朝倉宮は第21代雄略天皇の治世に存在していた都です。
雄略天皇は倭の五王のうち『武』にあたるとされる人物で、中国の『宋書』に朝貢の記録が残されているそうです。
境内にはこの地が万葉集始まりの地であることを示す石碑が立てられています。
ちなみに万葉集は雄略天皇が詠んだ歌から始まるそうです。
雄略天皇の歌碑もありました。
白山比咩神社沿いの国道は道幅が狭く、歩行者が歩くのは注意が必要です。ご参拝の際は車にお気を付けください。
白山比咩神社の地図
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創建年は分かりませんが、境内に立てられた石灯籠は1600年代のものもあるそうです。
ご祭神は白山比咩と菅原道真公で、白山比咩というのが『菊理媛(きくりひめ)』『伊弉冉』『伊弉諾』の3神を指すようです。
菊理媛は縁結びや縁切りにご利益があることで知られる神様で、全国の白山(比咩)神社に祀られていることで知られています。
境内には泊瀬朝倉宮伝承地と書かれた看板が立てられていました。泊瀬朝倉宮は第21代雄略天皇の治世に存在していた都です。
雄略天皇は倭の五王のうち『武』にあたるとされる人物で、中国の『宋書』に朝貢の記録が残されているそうです。
境内にはこの地が万葉集始まりの地であることを示す石碑が立てられています。
ちなみに万葉集は雄略天皇が詠んだ歌から始まるそうです。
雄略天皇の歌碑もありました。
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