5月の中頃に以前から気になっていた奈良県北葛城郡河合町に鎮座する『廣瀬大社』に参拝してきました。付近に駅がなく、強いて言えばJR法隆寺駅か池部駅になるんですが両駅から2~3キロ以上離れているので歩いていくのはなかなかハードです。
どうやって行こうか考えあぐねていたところ、法隆寺駅前にレンタサイクルショップがあることを知り今回はそちらで自転車を借り廣瀬大社まで行ってきました。自転車だと30分足らずで到着できます。
一の鳥居前に官弊大社廣瀬神社と書かれた社標が立てられています。官弊大社というのは旧社格で現在は神社本庁の別表神社という位置づけです。

一の鳥居をくぐると二の鳥居まで樹木に囲まれた長い参道が続いています。道中に境内社の祓戸社・稲荷社・日吉社・祖霊社が立ち並んでいました。本殿でお参りする前にまずは祓戸社に参拝して穢れを払います。

境内と外部を隔てている不毛田川という川があるんですが、その川に架かる橋を渡り道なりに進んで行くと境外社の水分社が祀られています。水分社の写真は諸事情により撮りませんでした。

境内に戻りますが、二の鳥居付近には手水舎と駐車場があります。その近くに日露戦争の戦利品である砲弾と砲台が並べられていました。砲弾の大きさに驚きました。


少し前に葛城市の笛吹神社に参拝した時も境内で日露戦争の戦利品である砲台を目にしました。このような兵器を神社の境内に置いておくことには何らかの意味があるのでしょうか。
参道の先に二の鳥居が見えました。くぐって中に入ります。

廣瀬大社の鎮座する土地は、大和川・飛鳥川など奈良盆地内を流れる河川の大半の合流地であり、そのことから水の神様が祀られているようです。
三郷町に鎮座する龍田大社には風の神様が祀られていますが、龍田大社と廣瀬大社には密接なつながりがあるとのことです。
社伝によると崇神天皇9年に、河合の里長の廣瀬臣藤時に託宣があり、沼地が一夜で陸地に変わり橘が数多く生えたことが天皇に伝わって、その地に大御膳神として社殿を建て祀られるようになったのが起源だそうです。

本殿には主祭神として若宇加能売命が祀られています。若宇加能売命は宇迦御霊神と同一視されている神様のようです。衣食住を司る神様です。

他にも相殿神として櫛玉命と穂雷命が祀られています。櫛玉命は物部氏の祖神である饒速日命と、穂雷命は加具土命と同一視されているようです。

本殿は1711年に再建された当時のまま姿を保っています。
本殿付近には神馬舎がありました。

廣瀬大社では毎年雨乞いと厄除け祈願をする砂かけ祭りが開催されています。
二の鳥居脇に社務所がありましたが無人のようでした。用のある方はインターホンを鳴らせば対応していただけるようです。
廣瀬大社の地図
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一の鳥居前に官弊大社廣瀬神社と書かれた社標が立てられています。官弊大社というのは旧社格で現在は神社本庁の別表神社という位置づけです。

一の鳥居をくぐると二の鳥居まで樹木に囲まれた長い参道が続いています。道中に境内社の祓戸社・稲荷社・日吉社・祖霊社が立ち並んでいました。本殿でお参りする前にまずは祓戸社に参拝して穢れを払います。

境内と外部を隔てている不毛田川という川があるんですが、その川に架かる橋を渡り道なりに進んで行くと境外社の水分社が祀られています。水分社の写真は諸事情により撮りませんでした。

境内に戻りますが、二の鳥居付近には手水舎と駐車場があります。その近くに日露戦争の戦利品である砲弾と砲台が並べられていました。砲弾の大きさに驚きました。


少し前に葛城市の笛吹神社に参拝した時も境内で日露戦争の戦利品である砲台を目にしました。このような兵器を神社の境内に置いておくことには何らかの意味があるのでしょうか。
参道の先に二の鳥居が見えました。くぐって中に入ります。

廣瀬大社の鎮座する土地は、大和川・飛鳥川など奈良盆地内を流れる河川の大半の合流地であり、そのことから水の神様が祀られているようです。
三郷町に鎮座する龍田大社には風の神様が祀られていますが、龍田大社と廣瀬大社には密接なつながりがあるとのことです。
社伝によると崇神天皇9年に、河合の里長の廣瀬臣藤時に託宣があり、沼地が一夜で陸地に変わり橘が数多く生えたことが天皇に伝わって、その地に大御膳神として社殿を建て祀られるようになったのが起源だそうです。

本殿には主祭神として若宇加能売命が祀られています。若宇加能売命は宇迦御霊神と同一視されている神様のようです。衣食住を司る神様です。

他にも相殿神として櫛玉命と穂雷命が祀られています。櫛玉命は物部氏の祖神である饒速日命と、穂雷命は加具土命と同一視されているようです。

本殿は1711年に再建された当時のまま姿を保っています。
本殿付近には神馬舎がありました。

廣瀬大社では毎年雨乞いと厄除け祈願をする砂かけ祭りが開催されています。
二の鳥居脇に社務所がありましたが無人のようでした。用のある方はインターホンを鳴らせば対応していただけるようです。
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