前回に続いて藤井寺市を自転車で神社巡りした時の話になります。黒田神社から自転車で1~2分ほどの近いところに『大山咋(おおやまぐい)神社』は鎮座していました。
大山咋神の名前は以前聞いたことがあり、山の神様という印象を持っていました。山の神様がなぜ大和川付近のこんなところに祀られているのか気になりました。

大山咋神社のご祭神は大山咋神。父神は素戔嗚尊の子・大耳神で、母神は天知迦流美豆比売だそうです。
由緒書きによると大山咋神は比叡山松尾山の頂に居わす神様で、山林農耕を司る神様であると同時に雷神・水神でもあるようです。

江戸時代に日吉大社から分霊を受け、大和川と石川の水害から守り五穀豊穣を祈念するためこの地に奉祀されたのが起源のようです。

明治40年には黒田神社に合祀されたものの、昭和31年に復社したとのことです。
本殿は春日造で石灯籠には天保7年と刻まれています。

ご神体の背後には大きな楠がそびえていますが、以前は2本あったようです。もう1本は枯れてしまったのでしょうか。

隣には養源院という寺院がありましたが、こちらはかつて大山咋神社の神宮寺だったそうです。
地図で見ると大和川のすぐ近くにあるのですが、閑静な住宅街の中に鎮座しているのであまりそれを感じさせませんでした。
大山咋神社の地図
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大山咋神の名前は以前聞いたことがあり、山の神様という印象を持っていました。山の神様がなぜ大和川付近のこんなところに祀られているのか気になりました。

大山咋神社のご祭神は大山咋神。父神は素戔嗚尊の子・大耳神で、母神は天知迦流美豆比売だそうです。
由緒書きによると大山咋神は比叡山松尾山の頂に居わす神様で、山林農耕を司る神様であると同時に雷神・水神でもあるようです。

江戸時代に日吉大社から分霊を受け、大和川と石川の水害から守り五穀豊穣を祈念するためこの地に奉祀されたのが起源のようです。

明治40年には黒田神社に合祀されたものの、昭和31年に復社したとのことです。
本殿は春日造で石灯籠には天保7年と刻まれています。

ご神体の背後には大きな楠がそびえていますが、以前は2本あったようです。もう1本は枯れてしまったのでしょうか。

隣には養源院という寺院がありましたが、こちらはかつて大山咋神社の神宮寺だったそうです。
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