熊野古道紀伊路を歩いた日の最後に訪れたのは海南市下津町に鎮座する橘本神社です。熊野九十九王子の一つ・所坂王子の跡地でもあります。
ご祭神は田道間守と熊野坐大神。田道間守は柑橘とお菓子の神様として知られています。
田道間守は日本書紀と古事記の記述によると、垂仁天皇の命を受けて常世の国に橘を探しに行ったそうです。田道間守が橘を持って帰ってくると垂仁天皇は既に崩御した後で嘆き悲しんだと言われています。
このことから田道間守はみかんの原種である橘をこの世にもたらしたとされていて、みかんの産地に鎮座していることからもみかんの神様として信仰されているようです。毎年10月10日の例祭はみかん祭と呼ばれているらしいです。
境内には橘の木が植わっていました。また、かつてみかんがお菓子として親しまれていたことからお菓子の神様としても信仰されているようです。
境内には大阪菓仲会の碑が立てられていました。毎年4月の第1日曜には菓子屋の商売繁盛を祈願する祭・全国銘菓奉献祭が開催され、全国の菓子屋からお供えが届けられるとのことです。
橘本神社の地図
橘本神社にいる頃には本格的に雨が降り出したので、最寄り駅を探したところ加茂郷駅が一番近かったので駅に向かって歩いていました。最寄りといってもけっこう距離はありましたが、ありがたいことに通りがかりの親切な方が駅まで送ってくださったのでほとんど歩かずにすみました。これを見ることはないとは思いますが、あの時はありがとうございました!
よろしければ応援お願いいたします。
ご祭神は田道間守と熊野坐大神。田道間守は柑橘とお菓子の神様として知られています。
田道間守は日本書紀と古事記の記述によると、垂仁天皇の命を受けて常世の国に橘を探しに行ったそうです。田道間守が橘を持って帰ってくると垂仁天皇は既に崩御した後で嘆き悲しんだと言われています。
このことから田道間守はみかんの原種である橘をこの世にもたらしたとされていて、みかんの産地に鎮座していることからもみかんの神様として信仰されているようです。毎年10月10日の例祭はみかん祭と呼ばれているらしいです。
境内には橘の木が植わっていました。また、かつてみかんがお菓子として親しまれていたことからお菓子の神様としても信仰されているようです。
境内には大阪菓仲会の碑が立てられていました。毎年4月の第1日曜には菓子屋の商売繁盛を祈願する祭・全国銘菓奉献祭が開催され、全国の菓子屋からお供えが届けられるとのことです。
橘本神社の地図
橘本神社にいる頃には本格的に雨が降り出したので、最寄り駅を探したところ加茂郷駅が一番近かったので駅に向かって歩いていました。最寄りといってもけっこう距離はありましたが、ありがたいことに通りがかりの親切な方が駅まで送ってくださったのでほとんど歩かずにすみました。これを見ることはないとは思いますが、あの時はありがとうございました!
よろしければ応援お願いいたします。