晴れた日の週末に貝塚市と岸和田市を訪れました。まず向かったのは貝塚市にある水間寺です。JR東貝塚駅から石才駅まで歩き、水間鉄道に初めて乗りました。
石才駅は先頭車両しか乗降口が開かなかったので要注意です。無人駅ですが下車時に運賃を払うか、ICカード利用(PITAPA)もできます。
水間鉄道の終点・水間観音駅に到着。
石才駅は先頭車両しか乗降口が開かなかったので要注意です。無人駅ですが下車時に運賃を払うか、ICカード利用(PITAPA)もできます。
水間鉄道の終点・水間観音駅に到着。
お寺までの道中、いたるところに厄除け十六童子がいました。厄除け十六童子は参詣者を厄除け観音に導く存在で、傍らには脇導師という妖精がいます(小さいほう)。この十六童子は泉南地域にある障がい者自立支援事業所「土の子陶房」の方々によって造られているそうです。
お寺にお詣りする前にお腹が空いていたのでCafe La Collinaで里山ランチをいただきました。お店はお寺から1キロ程先のところにあります。おかずがたくさんでどれも美味しかったです。半個室が空いていたので景色を見ながらゆったりできました。
水間寺は729年~749年に聖武天皇の勅令を受けた行基によって開かれた天台宗のお寺です。ご本尊は聖観世音菩薩で、お寺は水間観音とも呼ばれています。
行基は病に伏した聖武天皇の夢に現れた観音菩薩を求め、十六童子に案内され2つの川が合流する水間の地にたどり着いたと伝えられています。
行基は病に伏した聖武天皇の夢に現れた観音菩薩を求め、十六童子に案内され2つの川が合流する水間の地にたどり着いたと伝えられています。
聖観音菩薩出現の滝で龍神から聖観音像を授けられたことが水間寺に観音菩薩が祀られるようになった所以のようです。その後行基が都に聖観音像を持ち帰ると、天皇の病気は快癒したと伝えられています。
本堂脇の道を進むと水の流れる音が聞こえてきます。聖観音菩薩出現の滝と拝所がありました。
お寺は天正13年に堀秀政の軍勢に攻められて焼失したものの、岸和田城藩主・岡部氏により再建されています。この日岸和田城にも行ってきたので後程紹介します。
境内には三重の塔や不動尊などもありました。
道路を挟んだ先に境外社があります。坂の上にいくつかの御堂が建てられていました。水野寺を開いた行基の開山堂もあります。
坂を上がると広場のような場所があり子供たちが遊んでいました。丘の上にも鐘や仏像、荒神などが祀られていました。
恋人の聖地と書かれた赤い橋もありました。
水間寺の周辺はのどかで村のような雰囲気でした。週末でしたが人出も少なく田舎でのんびりできました。
帰りに水間寺の授与所兼売店のようなところで、名物らしき水茄子カレーとトウモロコシから作られたお菓子をお土産に買って帰りました。
カレーは何十種類ものスパイスが入っていてこだわりの感じられる味で美味しかったです。水間寺は良いところでした。
水間寺の地図
境内には三重の塔や不動尊などもありました。
道路を挟んだ先に境外社があります。坂の上にいくつかの御堂が建てられていました。水野寺を開いた行基の開山堂もあります。
坂を上がると広場のような場所があり子供たちが遊んでいました。丘の上にも鐘や仏像、荒神などが祀られていました。
恋人の聖地と書かれた赤い橋もありました。
水間寺の周辺はのどかで村のような雰囲気でした。週末でしたが人出も少なく田舎でのんびりできました。
帰りに水間寺の授与所兼売店のようなところで、名物らしき水茄子カレーとトウモロコシから作られたお菓子をお土産に買って帰りました。
カレーは何十種類ものスパイスが入っていてこだわりの感じられる味で美味しかったです。水間寺は良いところでした。
水間寺の地図
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