旅行最終日は大分県中津市にある宿泊先のホテルで朝食を食べた後、電車で杵築市へ。

今回宿泊したホテルは前日にビュッフェのメニューが掲示されるのですが、皿うどんや中津名物のから揚げなど地域の料理も食べることができてどれも美味しかったです。

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朝早かったからかもしれませんが杵築駅で下車したのは自分のみでした。杵築市にはハーモニーランドというサンリオのテーマパークがあるようです。

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杵築市の海岸ではカブトガニが見られるそうです。産卵から孵ったカブトガニは脱皮を繰り返しながら成長し海へと帰っていくと地元のボランティアの方から伺いました。カブトガニは杵築市のマンホールデザインにもなっています。

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城下町まで5キロほどでしたので運動がてら歩いてみました。のどかな田園地帯が続く中で徐々に瓦屋根の家屋が増えてきて城下町エリアに入ったことが分かりました。

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大分空港までのローカルバスに乗車するバスロータリーの場所を確認した後、乗車時間まで市内を散策しました。

まず、ロータリーから5分ほど歩いたところに鎮座する杵築神社杵築城跡を訪れました。

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~杵築神社について~

御祭神:松平重休と松平英親が祀られています。松平重休は、江戸時代中期の豊後杵築藩の第3代藩主で能見松平家の9代目にあたります。

松平重休の藩主としての功績
松平重休は、第2代藩主・松平重栄の次男として生まれました。宝永5年(1708年)に父の隠居に伴い家督を継ぎました。正徳2年(1712年)には、幕府から与えられた朱印状に「木付」を「杵築」と誤記されていたことを機に、藩名を「杵築」に改めました。

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民政に尽力し、領民に慕われる善政を布いたとされています。しかし、正徳5年(1715年)に25歳という若さで死去しました。その後、甥で養嗣子の松平親純が跡を継ぎました。

後世への影響
松平重休の功績は、杵築藩の歴史において重要な転換点となりました。彼の治世中に藩名が正式に「杵築」となり、現在の杵築市の名称の由来にもなっています。大正5年(1916年)には、従四位が追贈されました。

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杵築神社の創建:明治25年(1892年)に、旧領主松平重休公の遺徳を偲び、旧領民の願いによって創建されました。その後、初代藩主である松平英親公も合祀されました。

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境内社:池のほとりに稲荷社があり、宇迦御霊神が祀られています。商売繁盛や五穀豊穣を祈願する人々が参拝に訪れているようです。また、天満社御旅所もあり、学問の神様・菅原道真が祀られています。

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杵築神社は、杵築城跡の近くに位置し、城下町の雰囲気や歴史を感じられ場所でした。毎年地元の祭りや行事が行われ、特に天神祭りでは御旅所として重要な役割を果たしているようです。



~杵築城跡について~

杵築城跡は、室町時代初期の1394年に築城された歴史ある城跡です。江戸時代には杵築藩の藩庁が置かれ、現在は公園として整備されています。1970年には模擬天守が再建され、展望所として利用されています。また、城跡は2020年に国の史跡に指定されました。

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今回訪れたのは杵築神社の向かいにある部分で、天守閣とは少し離れた場所にあります。この場所は特に復元はされず野原のようになっていました。

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この後すぐ近くにある杵築城(天守閣)を訪問しました。次回に続きます。





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