今回は明日香村から少し足を延ばして高取町にある子嶋寺というお寺を訪ねました。

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🏯子嶋寺とは?
子嶋寺は、奈良県高市郡高取町観覚寺にある高野山真言宗の寺院で、創建は天平勝宝4年(752年)とされています。開基は報恩大徳で、孝謙・桓武天皇の病を癒した功績から建立されました。

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かつては21坊もの伽藍を誇り、壺阪寺に次ぐ大和国の観音霊場として栄えた名刹だったようです。



寺号は時代によって「子嶋山寺」「観覚寺」「千寿院」と変遷し、現在の「子嶋寺」になったのは明治36年(1903年)とのことです。

🏯高取城の門が山門に
子嶋寺の山門は高取城の二ノ門を移築したもの。



高取城は高取山の山頂に築城された城で日本100名城の1つです。現在は城址が残されています。

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これは現存する唯一の高取城の建造物で大変貴重なもののようです。

高取城は日本三大山城の一つでもあり、かつては姫路城にも匹敵する規模を誇ったそうです。

🎨国宝「子嶋曼荼羅」
子嶋寺には「紺綾地金銀泥絵両界曼荼羅図」、通称子嶋曼荼羅が伝わっていて、これは日本三大曼荼羅のひとつに数えられます。空海が唐から持ち帰ったとされ、一条天皇から寺に下賜されたものだそうです。現在は奈良国立博物館に寄託されていますが、寺ではレプリカが見られるそうです。

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私が訪れたこの日は境内は無人でひっそりしていました。本堂も閉ざされていたのでレプリカがどこに保存されているのか分かりませんでした。


🧘‍♂️子嶋寺と清水寺の関係
京都の名刹「清水寺」は、子嶋寺の僧・延鎮(えんちん)が開いたとされています。延鎮は子嶋寺の二代目で、延暦14年(795年)頃、山城国(現在の京都)で修行していたときに坂上田村麻呂と出会い、二人で音羽の滝のほとりに清水寺を建立したそうです。


この伝承は『扶桑略記』や『今昔物語』にも登場していて、清水寺の創建者として延鎮が語られています。

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さらに、清水寺の縁起を描いた謡曲「田村」は、坂上田村麻呂の蝦夷征伐と清水寺創建をテーマにしていて、その発祥地が子嶋寺とされています。



高取町の土佐街道を歩いていると古き良き時代にタイムスリップしたような気分が味わえます。街道沿いにある史跡にも注目したいです。






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