最近、週末は運動不足解消も兼ねて
自転車で堺市・松原市をブラブラしています。

いつもは行かない路地を通れば新しい発見があったり、
近所でも知らないことはまだまだあるんだなぁと実感しています。



京都にある本願寺の別院が堺に

今回は堺市堺区にある大きな木造建築のお寺・『本願寺堺別院』を紹介します。

京都が好きな方は本願寺という名前を耳にしたことがあるのではないでしょうか。

このお寺は京都駅周辺にある西本願寺・東本願寺の別院にあたります。

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お寺の由緒や年表はホームページに詳しく掲載されています。
以下はOSAKA INFOから引用。

本願寺堺別院は、足利義氏(1189-1254)の四男・祐氏が、本願寺三世覚如に帰依して建立したのが始まりです。文明8年(1476)、五世道顕が本願寺八世蓮如を招き「信證院」を建てました。現在の本堂は、文政8年(1825)に再建されたもので、堺市に現存する最大の木造建築とされています。廃藩置県に伴って明治4年から10年間(1871-1881)は、本堂と境内の土地が堺県庁となっていました。そのため別院は「堺県庁跡」として大阪府指定史跡に指定されています。境内には堺出身の歌人・与謝野晶子の歌碑のほか、高さ20m・幹回り3.65mもある銀杏の巨木が、この寺の歴史を語るかのように根をおろしています。


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所縁のある人物はこちらに載っていました。

本堂の襖絵に南蛮貿易の様子が描かれているようですが、
私が訪れた時はコロナの影響で本堂が閉ざされていたので見れませんでした。

またいつか見学できたらと思います。

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境内には親鸞聖人と蓮如上人の像が置かれていました。

いずれも堺市で浄土宗・浄土真宗の布教をしていたようです。

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境内のイチョウが紅葉していて綺麗でした。

全く人がいなく、静かでひっそりとしていました。

この木は高さ約20mもあるようです。

境内には大きな鐘楼がありました。

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明治初期の14年間、堺は『県』だった

明治元年から14年まで和泉・河内地方、奈良を含めた一帯が
『堺県』だったという史実を知りとても驚きました。

明治14年には大阪府に合併されたので
本当に短い間県として存在していたようです。

本願寺堺別院の向かい側に県庁跡(石碑)が残されています。

4年間その場所に県庁が置かれ、残りの10年は本願寺堺別院内に設置されたようです。





-アクセス情報-
所在地:大阪府堺市堺区神明町東3-1-10
最寄駅:阪堺線神明町駅から徒歩5分
TEL : 072-232-4417
周辺の史跡・神社仏閣:妙国寺、高須神社、鉄砲鍛冶屋敷