勝手に堺市広報大使

遺跡や神社めぐりが好きで、これまでに訪れた場所の記録や紹介記事を書いています。地元・堺のおすすめスポットも紹介しています。奈良が好きなので奈良によく出没します。

浅香山稲荷神社は堺市北区の、かつて浅香山城があった場所に建てられています。お城があった名残なのか、高台に建っているので神社までは少し坂道を登っていきます。

住宅地の中にひときわ目立つ赤い鳥居がありました。稲荷神社らしく狛犬ではなくお稲荷さんの姿が見えます。

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鳥居をくぐって正面の階段を登ると本殿があります。

ご祭神は宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)。五穀豊穣の神様で商売繁盛のご利益があります。伊勢神宮外宮に祀られている神様と同様です。

神社の由緒書きが書かれた看板がありました。

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昔、この辺りに住之江の浦と連なる小さな湾で、そこに小島が出来、遠く推古天皇の御代(五九○年代)聖徳太子御巡遊の折、白髪の老翁が太子に、昔より此処に埋る香木有り、と伝えて去る。太子が不思議に思い、掘らせたところ、果たせるかな地中より幾千年も経たと思われる朽木が出て、これを焼かせたところ馥郁優なる香りたなびき、その時太子が「浅からぬ香り」と仰せられて、以後この地を”浅香の浦”と呼び、その香木で老翁の像を刻みここにまつられたのがこの神社の創始と言われています。
後、ここに城を築いて、この神像を稲荷大神と仰ぎ祭られてきた。この稲荷大神とは
宇迦之御魂大神と言い。生活の大本を司り福徳盛運の守護神として伊勢外宮にます豊受大神と異名同神と言われます。時移り世が代わって宝永年間(一七○四年)、旧大和川の水害から流域を守るために大久保大隈守宰領として流を変える工事の折、この地の狐塚の所に至り、どうしても工事が進まず、前日掘った所が翌日は又元に復し、人夫達は恐怖におののき手出しも出来ず、宰領奉行も神威を畏み、計画を変えこの狐塚を避けることによって大工事を完成させるに至りました。後、宰領大隈守は神威を怖れこの狐塚の所に神殿を建立し、現在に至っております。尚、現神殿は、昭和五十一年七月に改築完成されたものです。神前の一対の石灯籠は大久保大隈守の寄進にかかり、又自然石の大手洗鉢は当時の川口奉行等の寄進によるものです。 



「浅からぬ香り」というのが浅香の地名の由来だったんですね。聖徳太子が名付けたと知ってとても驚きました。

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本殿の賽銭箱付近に置かれているおもかる石。願い事をしながら石を持ち上げ、軽ければ願いが早く叶うとされている石です。

境内には様々な石碑、拝所があります。白福稲荷大神。安産や商売繁盛の神様のようです。

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境内には大きな楠木があり、楠姫大神が祀られています。

浅香亀治郎の碑というのもありました。明治時代の作家のようですが詳しいことは分かりませんでした。どうやらこの土地出身の人のようです。

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こじんまりとした境内に小さな拝所が並べられています。神社の外側からだと見えにくいですが、本殿の右奥・左奥にも末社がありました。

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右奥には八代竜王大神の石碑があります。水の神様でかつて雨乞いをするために、八代竜王大神に祈っていたよう。

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左手奥に進むと、たくさんの白蛇が祀られた摂社がありました。

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その奥にも摂社が。

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ここに狛犬がいました。一頭しかいなかったように思います。

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小さな境内ですが不思議とそこにいると心が落ち着きました。天気の良い日に境内のベンチに座って、楠木を見上げながらゆっくり過ごしてみるのも良いかもしれません。

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-浅香山稲荷神社アクセス情報-
所在地:大阪府堺市北区東浅香山町2丁9
最寄駅:JR阪和線・浅香駅から徒歩2分、JR阪和線・堺市駅から徒歩15分程度
※御朱印は貰えないと思います。境内に授与所のような場所はなく、常駐している方もいらっしゃらない様子でした。

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周辺の大和川沿いにはつつじで有名な浅香山浄水場があります。

つつじは堺市の市花にもなっています。

よかったらこちらもあわせてお読みください(*^^*)
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